障がいのある人が行うパラスポーツ。視覚障がい者のトラック競技では、選手の目となる「伴走者」と共に記録へ挑む。現役のマスターズ陸上選手でもある野口研治さんは伴走者の一人。多くの活躍を支えている。
障がい者の輝きを支援
「視覚障がい者ランナーと伴走者は2人で1人。私は手の振りやピッチを選手と合わせ、コースの距離や状況など目に入る情報を伝えながら並走します。伴走ロープからは選手の緊張感やその日の調子も伝わってくるんですよ」。先輩の誘いを受け、大学時代に全盲のランナー今井裕二さんの伴走者を始めたことが人生の転機となった。2009年に設立したT&F.net KOBEでは、陸上・かけっこ教室の企画運営や障がい者スポーツのサポートなどを行っている。また現在は、2024年5月17日~25日に神戸で開催される「KOBE 2024 世界パラ陸上競技選手権大会」の関連プロジェクトにも参画。パラスポーツから共生社会を考える市民体験型プログラム「パラレゾ」の子ども向け授業で講師を務めている。「パラスポーツを通して私が得た学びを子どもたちに伝え、伴走者を体験してもらうことで障がい者への固定観念を払拭したい。差別や区別のない世の中に変わる契機になればと思って活動しています。KOBE世界パラ陸上は世界トップクラスの選手や記録が生で観られる絶好の機会。ぜひ会場でパラアスリートのすごさを感じてください」
度重なる試練を越え
野口さんが陸上を始めたのは中学の時。俊足を活かそうと陸上部に入部し、400mで県大会に出場した。ところが、中学2年で日常は一変。両親が離婚し、兄弟が荒れ、家庭は崩壊寸前となる。さらに阪神・淡路大震災が発生し、祖父母が住む奈良への転居を余儀なくされ、目標に掲げていた地元高校への進学を諦めた。「立て続けに起こる辛い出来事に、何度も自暴自棄になりかけました。でも家族の中で自分だけは明るくいようと、夜な夜な泣きながら坂道を走ることでやり場のない思いを昇華させました」。高校でも陸上は続けたが、ケガを負い800mへ転向する。さらに重度のアトピーも発症し、大学へ進学すると今度は突然の病に倒れた。「幸いにも快方へと向かい、アトピーも大幅に改善。きれいになった肌を見て生まれ変わった気持ちになり、これからは輝ける人生を自分で掴み歩んでいこうと決意しました」
いつか自分も日本一に
ドクターストップで走ることから離れ1年が過ぎ、体調も上向いた大学3年の時に今井さんと出会う。「明石の競技場で初めて伴走ロープを握り、一緒にジョギングをしました。その感覚がとても新鮮で、伴走者への意欲が芽生えたんです」。2005年には全盲の部 800mで日本記録を樹立。今井さんと分かち合った歓喜は今も色あせない。フィールドで躍動する障がい者アスリートたちに力をもらい、マスターズ陸上競技選手として現役復帰を果たしたのは31歳のこと。今年45歳を迎える身体はまだ衰えを知らず、100m 11秒台で走り続ける。「いつか自分自身が日本一になることが目標。もっと走りを極めます」
プロフィール
T&F.net KOBE 代表
野口 研治(のぐち けんじ)さん
1979年神戸市生まれ。流通科学大学を卒業後、神戸市立東灘体育館や神戸市立王子スポーツセンターなどに勤務。2012年にドイツのライプツィヒ大学でトレーニング科学を学ぶ。35歳の時には兵庫教育大大学院教育研究科でスポーツ指導者としての知識と技を深める。流通科学大学陸上競技部コーチ、大阪国際大学人間科学部スポーツ行動学科非常勤講師。
インフォメーション
T&F.net KOBE
トップアスリートの育成にも用いられる「SAQトレーニング」と「コーディネーショントレーニング」を指導の軸とし、幼児からマスターズ選手まで個人に合った運動の提案とサポートを実施。神戸市を中心に教室を開催するほか、パーソナルトレーニング、チーム指導も行う。
☎080-4644-0250
http://tf-kobe.net
取材ウラバナシ
「50歳までは100m11秒台をキープしたい」と意気込む野口さん。トレーニングの一環として行っているのが縄跳びだ。「最近、二重跳びで初めて300回を超えることができました。次は400回を目指します!」